同情的なまなざしで見つめていた女子高生はあいかわらず猿とUを観察していた。猿は、これは脈ありだなと、声をかけた。
近くの喫茶店にその女子高生を誘い猿とUはどうしたらモノになるかな?という陰謀を秘めながら馬鹿話に花を咲かせていたその時。いじめっ子が店に入ってくるなり、「おお、ひさしぶり。さっき見ていたよ」といいながらおなじテーブルにすわりこんだ。 いじめっ子は俺のアパートに四人でこない?といった。猿とUはいじめっ子を嫌っていたが、親元からはなれ一人暮らししているのはいじめっ子だけでもあり、また陰謀の名による目的は三人とも当然同じであるためしぶしぶと合意した。 その女子高生は猿のサンパチの後ろに乗せた。いじめっ子のバイクもあわせ三台のサンパチはいじめっ子のアパートへと向かった。 日は沈み暗くなりはじめたころ、六畳一間のいじめっ子の部屋で四人はインスタントラーメンだけの質素な晩飯を食べていた。質素な晩飯を食べ終え馬鹿話をしていると、いじめっ子が押入れの中から「カラーコーク」「有機溶剤」を出してきた。猿、U、いじめっ子の三人はそれをビニール袋に入れ吸いだした。かなりラリッテきたころ、その女子高生にも勧めた。その女子高生はなんのためらいもなく吸ってのけた。 有機溶剤遊びは朝方までつづき、三人の少年は童貞を一人の少女は処女を失った。やがて朝が訪れ、その少女を猿が自宅付近まで送っていた。自宅付近に到着すると猿はちゃっかりとその女子高生の電話番号を聞きだし、自宅の所在場所を知るため、その女子高生が自宅の玄関をくぐるまで目で見送ると再びいじめっ子のアパートへと戻っていった。 いじめっ子の部屋に戻ると猿は、「あのこから伝言があるんだ。いい思い出だったけど、もう俺たちには会いたくないといってたよ」と三人に嘘をついた。 ある日の朝の出来事であった。猿が教室で居眠りをしていると、生活指導の教師が教室にやってきた。「猿、今から校長室にいきなさい」というとすぐに教室からでていった。猿が校長室に到着するとUが先に呼びだされていた。 「おお猿君待っていたよ。二人ともなぜ呼びだされたか、わかっているだろうね?」ときりだした。Uが「さあ、心当たりがありません」というと、「では猿君は何か心当たりがあるんじゃないかな?」と問い詰めた。猿はしらばくれてもしょうがないと判断した。「はい、三日前ナンパ通りでオートバイのノーヘルメット運転とタバコで警察に捕まりました」と打ち明けた。 「二人とも当校が自動二輪車の免許証取得を禁止しているという校則を知らないわけではないよね」それとタバコも、もちろんのこと。「君たち二人に免許証を卒業まで学校に預けてもらうか、嫌なら退学するか?のどちらかに決めてもらわないと学校側としても困るんだがね」と迫られた。 一ヶ月が経とうとしていたころ、猿は親のコネで地元の上場企業のT社に、Uは町内会会長の慈悲により、やはり地元上場企業のP社に工員として途中入社していた。仕事自体は過酷で退屈な流れ作業であったが、上場企業ということもあり、我慢して仕事さえしていれば、首になることもなく将来安泰と二人の両親たちは喜んだ。 仕事もなんとか慣れたある日、猿はその女子高生を誘ってみた。以外にもその誘いにかんたんにのってきた。毎週のように土曜日になると下校時をみはからいその女子高生の学校の校門まで迎えいに行き、その女子高生の広大な敷地に囲まれた屋敷まで一度、送りつけたあと近くの喫茶店でその女子高生が着替えをすませもどってくるまで漫画本を読みながら時間をつぶす。その後夜までサンパチの後ろに乗せ市内をてきとうに暴走したあと、ラブホテルに泊まりこみ、つぎの日の夕方再び自宅まで送りとどけるというのが日課になった。 冬のある日猿はその女子高生をサンパチの後ろに乗せ海辺を暴走していた。「たまらんな。この寒さで女はぴった〜と体をすり寄せてきている。おれの背中に女の胸が、おれの尻に女の股座が真綿のように絡みついてくる。」そんなことを考えながら夢うつつで運転をしていた。「この女は育ちがいい。金も気前よくだしてくれる。しかもあつかいやすくて従順だ。こんな都合のいい女はまずほかにいないだろうな?しばらく絶対に手放さないでおこう」とますます猿の妄想はふくらんでいった。 革ジャンパーを破り、身を切るような真冬の風が吹き荒れ狂いだした夕刻時、約束の時間をすこしすぎたころ、ある港町に到着した。すでに五十台ほどのバイクと百人ほどの人垣でごったがえしていた。アクセルを目一杯空ぶかしする者、前輪を宙に浮かせ後輪だけの一輪走行でどれだけ走れるかを競い合う者、三連ホーンを鳴らしぱなして景気つけをしている者、チームの旗を持ち高々と振上げる者、ビニール袋になにやら入れ吸引している者など、真冬の風をものともせず、熱気ムンムンであった。猿がサンパチを停止させ、顔見知りのところに駆け寄ろうとしたその時「おい、おまえ、遅いぞ。時間厳守」とだれかがわめきだした。「だれが、だれに対して話しかけているのだろう?と考えていると、顔見知りが駆けつけてきた。猿とわめいている男の間に割って入り、「猿この人がリーダーだ」と告げた。猿はわめいていた男に「はじめまして、猿です。遅くなりまして申し訳ありません」といちよう謝罪した。「おまえ、いい女を連れてるな、おれにまわせ」と笑いながら叫んだ。「死んでも嫌です。絶対に」とその女子校生がリーダーを睨み付けながらきっぱりと断った。「おお、顔に似合わずきつい女だな。はははは」とリーダーが笑いその場はおさまった。 「いいか、皆。先週、Mナンバーの連中におれのかわいい後輩が袋叩きにあわされ、バイクはカツアゲされた。Nナンバの根性をMナンバーのやつらに見せつけてやれ。びびるんじゃないぞ、、、それから、気が強くいい女連れてる、、おまえ、、猿だったな。女の顔に免じて、今日から正式にチームに入れてやる、、ありがたく思えよ」と叫んだ。 沈黙の時が全員に流れていた時「おい、猿、、おれだよ、、」とだれかが、囁いた。Uであった。「おまえな、、なんで隠してたんだよ。おれたちにはもう、会いたくなかったんじゃなかったのか?その女」猿はばつがわるく返す言葉がなかった。「そのことはあとで詳しくはなすよ。それよりどうする?「リーダー、、Mナンバーの連中と」やる気だぞ。「おれは嫌だよ、他人のまきぞえ食うのはさ」とすかさずその場を取り繕った。「じゃ〜どうする?猿」と考えこんだ。「簡単だよ、、そんなの。どさくさにまぎれて逃げればいいよ。そのうちほとぼりがさめるまでここに顔出さなけりゃいい」猿おまえというやつは、ほんとにずる賢いやつだな」と感心した。「いいよ、、無理には誘わないよ、、逃げるの嫌ならやれよ、、おれは逃げるからな」 目を瞑り考えこんでいたリーダーが「出発」と叫ぶと、五十台のバイクは一斉にアクセルを吹かし、三連ホーンの金属音とともに走り出した。 狭い県道を百メートルほどの列を作り、蛇行運転を繰り返しながら、その一団は暴走していた。赤信号の交差点の直前で、3連を鳴らし、特攻隊長がまず、交差点に突っ込み、青信号で走ってくる車の群れを無理やりに停車させてしまっていた。そこを後ろに乗っている者が、旗を掲げて一斉に走りすぎて行った。「ウーウー、、ウーウー。そこの暴走族全員止まりなさい。繰り返す、、そこの暴走族全員止まりなさい」パトカーであった。 はるか彼方の先頭で異変が起きていた。急に一団は速度を緩めだした。「そこの暴走族止まりなさい」とパトカーも速度を落とし、しゃべり続けていた。その時急に列の先頭が脇道に外れて走り出した。皆後について行ったが、数台だけが、路肩よりに、速度を落としたまま皆に追い抜かれていった。猿とUはいざという時に逃げ出すために後方を走っていた。猿とUにも追い越された数台は列の最後尾になると、なにやらパトカーのフロントガラス目がけて投げつけた。バリ、バリとフロントガラスの割れる音が後方から聞こえてきた。殿隊であった。 外灯一つない峠越えの山道の草むらの中エンジンを止め皆、息を潜め全員そろうのをまっていた。殿隊が到着すると、リーダーが全員の安否を確認しはじめた。全員無事であった。リーダーが叫んだ「この先の橋を渡ればM市だ、、全員気合を入れてかかれよ、、いいな」再び一団は走り出した。 一団は橋を渡り山道を走り続けていた。M市街まであと一キロという標識を通り越そうとした時、前方から、M市の一団が走ってきのが目についた。 先頭あたりではすでに、乱闘が始まっていた。猿は来た道を静かに引き返して行っ。Uもやはり猿とおなじ道を選んだ。 17歳になったある初夏の日のことであった。猿はあいかわらず、その女子高生を土曜日になると学校の校門まで迎えに行っては、一度屋敷まで送り、着替えが終わるまで喫茶店で待つ日課をつづけていた。相手の両親が娘の行動に不審を抱き始めていた。その女子高生も猿との関係を隠しきれないところまできていた。「従順で金払いもよく、都合のいい、便利な女のはずなのだが、その従順な存在が猿にはこのところなんだか、めんどくさくてうっとおしい存在に思えてきていた。「じゃじゃ馬馴らし、がしてみたいな。思いどおりにならない女を口説いてみたいな」喫茶店でその女子高生を待っている間そんなことを猿は考えていた。 ある日の夜、猿は連れの安アパートの前にサンパチを停め、その連れとやぼようで外出していた。その連れの安アパートに深夜戻るとなんと、、サンパチがなかった。盗難にあったのであった。いちよう警察に被害届けは出したが戻ってくろことはなかった。 ある日の土曜日猿は電車で、その女子高生をいつも待つ喫茶店に出かけた。「たいへんだったね。バイク盗まれちゃって」となぐさめの声をかえけてくれた。「ためしてやれ、、と猿はひらめき。中古でね、十五万円でいいサンパチがあるんだけどね。金がないんだよ。おまえ立て替えておいてくれないか?」といったあと、いや冗談だよ、、なにもきかなかったことにしてくれよ。「う〜ん。ちょっと待っててねすぐ戻る」といい屋敷に戻って行った。三十分もするとその女子高生は戻ってきた。「はい十五万円」といってポケットからだして、テーブルの上に置いた。「おまえ、、まさか?」と猿がびっくりして問いただすと「えへ〜箪笥の中のねお母さんのへそくりをね、、しっけいしちゃった」と笑っていた。 ある日の夜、猿とUはスナックで飲んでいた。あの、ある港町の暴走の件でその女子高生との抜け駆けがばれてしまい、仲違い状況がつづいていたが、なんとか和睦しようと集まったのであった。「おい、猿あの新しく買いなおしたサンパチの金、、あの女が出したんだってね。いいな、おまえよ惚れられていて。実はおれ、いじめっ子のアパートで童貞きって以来、あの女のことが忘れられなかったんだ。いまでもそうだよ」と寂しそうに呟いていた。 「それがあまりにも従順すぎて最近飽きてきてるんだ。しかも十五万円出させたことが、重荷になってきてるし、毎週、毎週あの女の顔見るのは辛いものがあるんだよ。なんならあの女おまえにまわそうか?」と猿は胸の中で思ったが、さすがに口にだしていえることではなかった。「おれ今免停中なんだ、、こないだスピード違反でつかまってね、点数がかさんでさ90日免停になったよ」とUは最後に呟いた。 夏の終わりのある日の夜、Uとの仲違いも解けた猿は、その女子高生も連れて二台のサンパチで市内を暴走していた。「Uはまだ免停中であった」 狭い裏道をUが先頭に走っていた。猿が続いていた。四つ角の信号機が黄色に変わろうとしていた。当然Uもそのまま走り抜けるだろうと思った猿はそのままのスピードであったが、珍しくか、偶然かUが止まってしまった。猿は急ブレーキをかけたが、間に合うはずもなく、そのまま前輪がUの右足首にぶつかり猿のサンパチは止まった。 「痛いよ、痛いよ。病院に連れて行ってくれよ。でも救急車は呼ぶなよ、、おれ免停中だからさ、それと警察もな」とのたうちまわりながら叫んでいた。その女子高生をその場に残して猿はUを後ろに乗せて近くの緊急病院に運んだ。全治二ヵ月の右足首複雑骨折であった。 猿はUに対してすごく重い負い目を追ってしました。毎日仕事帰りに病室に見舞った。毎週土、日はその女子高生も病室にUを見舞うようになった。Uは猿に対してなんの謝罪も保障も求めなかった。猿が加害者であることすら、なかったかのように振舞った。その女子高生が見舞いに来た時のUのうれしそうな顔といったらなかった。まるでよちよち歩きの赤子が母親に抱かれる時のように無邪気で純粋無垢な顔つきであった。 二ヵ月後、Uが何とか歩けるようになり、退院した。退院祝いとして、猿、その女子高生とUの三人はスナックで飲んでいた。猿とUとの事故へのわだかまりはなにもなかった。Uは上機嫌であった。その女子高生がいっしょだからである。「そのUの気持ちがわかればわかるほど猿の胸は痛んだ」猿は思った「こいつ可哀想に、、そんなにこの女に惚れているなら、あの朝、いじめっ子の部屋から、その女子高生を送っていく時、、なぜ、、おれに送らせてくれよといわなかったのか。おれも、いじめっ子もたんなる遊びだったのに」と悔やまれてならなかった。 「猿はいいかげん、この従順な、ちょう掘り出し物の、この女という存在が、負担であり、息苦しくもあり、またうっとおしい存在になりかわっていた。」ただ、これまでづるづると続いたのは、あの十五万円という大金を母親のへそくりからくすねてまでも、よくしてくれたことと、その女子高生を捨て去っても、つぎの女の当てがなかっただけであったかもしれない。いや、猿にとって、筆おろしをさせてくれた女という特別なしがらみの部分が一番の比重であってもけしておかしくはなかった。 「猿はこの女をUにまわしたほうが、Uにもおれにも、その女子高生のためにもいいに違いないと決心した。」一度決意が定まると猿に迷いはなかった。「おれちょっと、、そとの空気を吸ってくるよ」といい、猿はそのまま退院祝いの相手の親友と自分の女をほったらかして、帰ってしまった。帰る帰路、その女子高生からプレゼントされた、サンパチを運転しながら、「なにがあっても、、居留守を使い続けても、、冷たい男と、鬼畜と思われようが、憎まれようが、、あの女とは二度と会わないでおこう。そしてUともしばらく会わないほうがいい」と心に刻んだ。 翌年の4月、猿は友人の結婚式に出席していた。新郎はU、新婦はその女子高生であった。その式中、猿は心の中で呟いた「しまった。もったいないことをした。逃がした魚は大きかった」と、なぜなら、、この式は新婦だけが目立った。広大な敷地に囲まれた大きな屋敷に住む良家のお嬢さんだけに、それは、それは、盛大なる結婚式であった。 後悔の念に囚われ続けていた猿はせっかく、親のコネで入った上場企業をあっさりと辞めてしまった。第二のその女子高生を探し続けるため、テキヤの道に身を任せ日本全国をあるきまわることにした。 幾年かの月日が流れたある日、自分自身に放浪癖があることを見抜いた猿は、海外へと旅立った。 海外放浪でさらに幾年かの月日が流れていたある日、猿は帰国した。U夫妻が懐かしく思い猿は、ある日、思いきってU夫妻のマイホームを訪ねることにした。浦島太郎の猿からしてみれば、想像も絶するこの世の変わりようであった。暖かく猿を迎え入れてくれたU夫妻の家庭も否が応でも無常な世間の流れに巻き込まれていった。 ある日電話が鳴った。「あれからUはリストラに遭い。なんとか、最後の力をふりしぼり、頑張ろうと一度は思ったが、娘がUのパンツを箸で摘み、洗濯機にほうりこむ瞬間を見たとたん、すべてが嫌になり、自分の死と引き換えに、マイホームの借金を清算する気で蒸発してしまった」U婦人からであった。「とにかく、すぐに会いたい。どうしていいかわからない」とのこであった。U婦人はげっそりとやせ衰え、涙も枯れ果てそこを尽いていた。事の成り行きで、猿とU婦人はホテルの一室へと入った。そして何十年ぶりかに、交わってしまった。そうでもしないと、U婦人は不安で不安で自分自身がわからなくなってしまいそうだったからであった。朝、猿は「娘さんも待ってることだし、とにかく帰れ、、これは命令だ」と冷たく突き放すしかなかった。U婦人もそれはわかっていた。「最初から最後まであんたは身勝手な人。たった今はじめてあんたを憎んだわ、、憎んでも憎みきれないけど」といって、その女子高生は娘の待つマイホームに帰って行った。猿はその女子高生の後ろ姿を見送り「ああ、、逃がした魚は大きかった。こんなはずじゃ〜なかった」と呟いた 遠い昔の、いじめっ子の部屋での出来事が脳裏を過ぎったら、、猿の目から涙が流れ続けていた。 |